長谷川光志
涙の正体 (2つ目の窓)
河瀬直美の映画を観ると涙が溢れる。
その涙がどこからやってくるのか考えていた。
「2つ目の窓」(2014)を観た。
映画を撮るとき、その地に住んでそこで朝日を浴び夕暮れを眺めて、土地のものを食べて現地の「生活」をする。そしてその地の人になりきった共犯者たちとドキュメンタリーを撮る感じ。そうやって映画を撮るんだと、河瀬直美は言っていた。
大自然、現地の風俗、人間、原初的な感情。どの映画に描かれるのも突き詰めると同じものだ。一番最初に出会った「萌の朱雀」から一貫して。
泣かせる映画ではない。泣かせるドラマではない。
いつもそうだ。それでも涙が溢れだすのはなんだろう。
主人公の母親(ユタである)、松田美由紀が最期を迎えるシーン、集まった人間たちが三線にあわせて沖縄民謡を歌い踊る。新たな旅立ちを祝うパレード。喝采の中に無音を聞くよう。こんなふうに人が死んでいくシーンを、見たことがなかった。
カイトと杏子がすっ裸になって泳ぐ。解説なんていらない。説明がつかない正解たち。すべてがそんなシーンだ。
たしかに存在している物語。人の数だけ存在する物語。物語のもっと奥のほうで。命の根源のようなものに触れ、流れる涙。解放されたときの、つながったときの快感みたいなもの。
「殯の森」が忘れられないんだ。
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