長谷川光志
こわいゆめ
「わかった。お願いだから目をつぶって。」
まっ暗なのにきみの顔が見えていたのは月がでていたからだったろうか。それとも豆電球のあかりの下で、ふたりで風呂に入っていたんだっけ。
言われたとおりに目をつぶったら辺りはほんとうの闇になって、闇のほんとうの暗さにぼくは感動すらしていた。ぜんしん顔まで水の中にいたけど不思議と苦しくはなかった。ということはやっぱり海のなかにいたんだね。
それから口の中になにか細いものがやさしく入ってきて、それがストローだとわかった。くちびるって敏感なんだ。これがきみの舌だったらいいのにと思った。そこを期待どおりに冷たくて甘いカルピスが流れてきて、ぼくは思わず口をひらいた。カルピスが外にもれると同時に、あたたかい水が口の中に入ってきた。
そしてそれからキスをした。
海の中で何度もキスをしていたら、そのうちふたりとも海になってしまうと思った。約束をやぶったらきみが消えてしまう気がしてぼくはそのあいだずっと目をつぶってたんだ。おたがいの肩にもたれながら冷たい廊下に座って、ぼくらは言葉をさがしていた。そしてきみは言った。
「ねえ、一緒に逃げよう」
ひさしぶりに悪夢をみた。なんかい起きてなんど寝ても悪夢の続きなんだ。どうかしちまった気がして怖くなるくらいだったよ。
なにがそんなに怖かったのかもう思い出せないんだけど、きみのことははっきり覚えている。
カルピスの味が、まだしている。