• 長谷川光志

長谷川光志×潮見健一

「ブログ更新、久しぶりにもほどがあるわ!」

というツッコミもなんのその、綴らないわけにはいかない大切なメモリーです。ゴリゴリに刻みつけておこうと思います。


2022年、夏。


と打って変換したら


シンドイ。


と出てくるに違いないくらい必死だった令和四年の夏。

シンガーソングライターとして歌だけ本気で歌えばいいところを、本気のお笑い芸人と、本気のお笑いライブをコラボしようとした夏。期待されたら応えないわけにいかなかった夏。予想されたらその予想を超えたくて仕方がなかった夏。そして本気で必死になった夏。本気になって必死になったら、本番当日「たった一回」の本番が怖くてビビりまくった夏。台本を覚えた夏。何度も読みながら相方の書き上げた台本につくづく感動を覚えた夏。自分の人生をこれでもかとギットギトに乗せたオリジナル曲を三曲歌った直後に、ガチのコントで笑わせようと決めた夏。「こーんなに大変だなんて、俺いったい何してんだろう」と思わなかったと言ったら嘘になる夏。ヘルペスになった夏。



8月10日、下北沢BREATH。

BREATHの12周年と、葬儀屋と和尚(その日の主催)の葬儀屋さんバースデーという、つまりはダブルで周年イベントが重なる、意味の強い強すぎるライブでした。


そんな日に、お笑い芸人「潮見健一」と一緒にステージをやってみてくれまいか、コラボしてみてくれまいか?と葬儀屋さんは誘うわけです。

「歌ってくれないか」と言われたら歌わずにいられないのが歌うたいという生きもので、「楽しみにしてる」と言われたら応えずにいられないのが表現者です。

二つ返事でOKしたとき、間違いなく僕は「潮見健一と一緒にステージ踏んだらハッピーが待ってる」と確信してた。なんかいろいろ大変だろうけど、やるべきだ!って自分の第六感が断言した。


第六感の言う通り、そこからが大変だった。

なにしろ僕は、お客さんを笑わせるステージというのをただの一度もやったことがないのだった。まずは「直接、一回会いましょう」というところから始まった。有楽町の居酒屋で、文字通り「ご挨拶」から始めたのだった。その居酒屋の席でもう、潮見健一という人間をまるきり信頼してしまった。ステージに立つということだけが共通項のふたりの異文化交流。潮見健一の語るお笑い芸人としての経歴も考え方も、お笑いの楽しさも難しさも、僕にとって「ロマン」そのものだった。彼はロマン派だった。

帰途に着く前に僕は慌てて質問した。聞きたかったのだ。


「潮見さんの夢はなんですか?」


その答えを僕は忘れないし、ああ、一緒にやるって決めて良かったな、なんにも変わらない。俺も同じ。お笑いと歌、なんにも違わないじゃないか、と思ったのだった。


そして、数日後に台本が届いた。

コントの台本。生まれて初めての。


有楽町の居酒屋で距離を縮めんと笑い合い、語り合い、ビールはこぼし、トイレに立つのも忘れて過ごしたあの二時間のやり取りで、潮見健一は僕のポテンシャルを見極めていた。最低でも、これくらいは。だけどビシッと決まれば絶対におもしろい。僕はその台本を読んで、普通に面白かったんでひとしきり笑って、笑ったあとで感動した。俺でもできそうなもので、その中で最高に面白い台本を書いてくれた。


やるしかない、と思った。


シンガーソングライターが本気でコントをする。お笑い芸人が本気で歌をうたう。

というのを、ひとつのステージの中でやる。


ひとりはずぶのお笑い素人で、ひとりはずぶの歌素人だ。お互い自分のテリトリーのことだけやってれば、それなりに「!」というものを魅せる自信はあるのだ。それなのに僕らは、ひとりが歌で聞かせ、ひとりが漫談で笑わせたあと、ふたり揃ってまったく未知のワインディングロードを行かねばならない。なぜこんなチャレンジを引き受けたのか。


稽古が始まると僕らは口々に言った。


「これはいったい誰得なのか」


お笑いはお笑いのプロがきっちりやって、歌は歌うたいがきっちりやれば、そこには何の問題もないじゃないか。なぜ事を難しくするのか。なぜ問題を荒立てるのか。

「僕は歌が怖いです。」

「僕はコントが怖いです。」

四十男ふたりはめそめそとぼやきあった。

しかし不安は時に結束を強めるものであるらしく、僕らは怖い歌怖いコントを何度も何度も練習するのだった。


決めたからにはやるしかない、やるからにはベストを尽くす、ベストを尽くすには練習を重ねる、あとはお互いを信じるしかない。そしてやるだけやったら、あとはその日の風が吹く。ザ・昭和と言うほかない共通認識に支えられながら、無事にライブ当日を迎えるのであった。


あ、ヘルペスで右目を大きく腫らせたりしたものの無事に当日を迎えたのだった。


当日は一瞬のうちに過ぎていった。

どれくらい一瞬かというと、始まったら終わっていた。というくらい一瞬だった。

会場入りする前に潮見健一と待ち合わせ最後のリハをした。汗だくでふたり一服したあとBREATHへ向かう。会場へ続く階段をのぼり到着したらスタッフも出演者もほとんど揃っていてあっという間にリハーサルが、始まるそばから終わっていく。そう、始まるそばから終わっていく。すべては一瞬なんだ!というメッセージか。出演者はその一瞬のリハーサルに真剣に燃えているのだった。特に5%BERMUDAのお二人のダンスには度肝を抜かれた。ステージの上で長い髪の毛が猛烈に旋回する光景はさながら獅子舞か毛羽毛現(僕は妖怪が好きなんです)本当に凄かった。全員本気、みんなリハから汗だくなんである。リハーサルが超特急で終わっと思ったら潮見健一は通路の隅っこでステージに向け漫談モードだ。譜面立てとスケッチブック片手に黙々と高まっていく姿を見られるのは出演者の特権だと思う。芸人さんの一番セクシーな姿だと思うから。


BREATHスタッフの手際も極めて良く、前説から温まったお客さんのノリも極めて良く、本番のステージも始まっては終わりまた始まっては終わった。終始異種格闘技ではあったがすべての出演者がこの日のベストを尽くし、火花を散らしつつもひとつのイベントとして今日という日を成功させようとしているのが伝わってくる。

異様なスピード感はもちろん僕らのステージでも同じだった。始まったら終わってしまった。約二ヶ月かけ少しずつ少しずつ積み重ねてきた汗の結晶は、そこで生まれる空気を逃さないように張り詰めつつも大きな流れに身を任せた一瞬の中に消えていった。消える瞬間に僕らの汗はキラリと光ったろうか。それもわからないくらい必死で、純粋で、興奮の時間だった。もっと笑わせられたのだろうか。もっと聴かせられただろうか。僕らは何点だったんだろう。反省も回顧も許さぬ勢いのまま、トリの葬儀屋と和尚まで猛烈な温度感スピード感で炎上して幕を閉じた。


成功とは何が決めるのか。誰が決めるのか。

それはお客さんであり、共演者含めあの場所にいたすべてのひとりひとりであり、僕ら自身でもあるだろう。

と理解しながら僕は成功も評価もすべては「本番でなんとか感動させたい笑わせたい期待に応えたい」と思い続けて毎晩台本を寝ながら唱えたあの二ヶ月そのものにあるような気がする。どう考えても、あの日あれ以上のことができた気がしないのだ。絶対に思うようにはいかないと分かった上で練習してきた結果が、まるごとステージにあった。

潔すぎる諦めみたいなその感動は、歌をうたうという僕がこれまでやってきたステージでは味わったことのないものだった。


《長谷川光志×潮見健一》



無茶振り以外からは誕生し得ないユニットだった。次があるかわからないけど、人知れずコントの練習しときます。

今日一番面白いステージしようぜ!って顔の、この写真。めちゃくちゃ気に入ってます。


最高に頼りになる同世代ピン芸人、潮見健一

同じようにでっかい夢抱えて

茨の道を笑って進む。


あの日僕らを見届けてくれたすべての皆様に感謝を。そして当日まで楽しみにしてくれた応援してくれた皆様に心からの感謝を。


#長谷川光志 #潮見健一 #シンガーソングライター #お笑い芸人 #コラボライブ #コント #下北沢breath #anniversary #葬儀屋と和尚

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